2019年04月22日

アシュケナージ・ユダヤとは

詳しくは、こちら

サンジェルマン伯爵からOTO、ロンドン・オリンピックまで辿り着くとは、すぐれた洞察力ですね。

『ジプシーのタロット占い』『不老不死』『錬金術』など、ちょっとオカルティックだが秘められた物を感じる世界。

ユダヤ人と呼ばれる人々には、こうした魅力が絶えず共存して来たようです。
これと同様の神秘性を絶えず人々に与えてやまないのが、古代エジプトより伝わる魔術。
実は、これらの要素を繋ぐ事件が『ハザール人の集団改宗』、俗にと呼ばれる人々の出現です。

聖書ではモーセに率いられて『出エジプト』後、カナン定住、南北イスラエルに分裂後、北側は行方知れず。
実は彼らが散り々に移動する際、陸路で移動した者と、別勢力に寄生して移動した者に分かれました。

※別勢力とはハム系カナン人シドン族のフェニキア人、海洋族です。
※彼ら(別勢力)も又、スウェーデン南部を本拠地とするヤぺテ系と行動を共にしていた集団の様です。

要するに、この段階で白人種と混血が進んでいたイスラエル人が、フェニキア人として地中海に散って行った訳です。

その中で、ユダヤ人(イスラエル人)に対して寛大であった、スペイン、ポルトガルに集まった人々がいた。
その後のスペイン王国の情勢変化に伴い、ハンガリー、ルーマニア、ボヘミア、チェコ等へ移動していた。
当時これらの国は明確に国家として確立されておらず、有力領主が認めれば自由があったからです。
このプロセスでもイスラエル人の白人との混血は、より進んでいた訳です。

当時これらの地域では、神聖ローマ帝国皇帝側ローマ教皇側どちらから王冠を授与されるか派閥が分かれていました。

ヴェルフ家が暗虐し、ヘッセン家と婚姻しバトンを渡して行く時代です。

ヴェルフ家のオカルト術も有名で、タクシス家やサンジェルマン伯爵等に受け継がれて行きました。
これら地域の騎士たちは、スラブ語由来の「ヴィテーズ」と呼ばれ、王はローマ教皇派に立ち神聖ローマ帝国の一部となるのを防いでいました。

こうした動きの中心地、ルーマニアのトランシルヴァニア地方で、ローマ教皇から認知された小さな王家が、サン・ジェルマン伯爵の出自と云う訳です。

英国ロック・グループ=クイーンが作ったボヘミアン・ラブソディー(狂奏曲)という曲等は、
当時の教皇派 Vs 皇帝派の戦時下のこの地域の混沌を物語っているように感じます。

アシュケナージ・ユダヤとは、この時代に十字軍から逃れ、これら地域に移住した者たちが実は大半を占めていたのです。

つまり、ハザール起源であるという話は正確ではなく、リンゴの原産地の白人が突然集団改宗した訳ではありません。

posted by r at 19:03| Comment(0) | 宗教