2019年07月11日

2007年ヘッセン・カッセル・カール方伯直系の子孫達

ヘッセン・カッセル・カール方伯直系の子孫達

【2007年ヘッセン・カッセル・カール方伯直系の子孫達= ギリシャ王子の誕生パーティー】
2013/05/22 09:25

2007年、ギリシャのパブロス王子の40歳の誕生日がパブロス王子所有の時価1,200万ポンドのロンドンにある豪邸で開かれました。

出席者は皆、マスクや悪魔を連想させるコスチュームをまとっています。
この誕生日のテーマは”天国と地獄”でした。

この写真はマイケルオブケント王子一家の写真です。
201305220918142c5.png
左からレディー・ガブリエラ・ウィンザー(娘)、マイケルオブケント王子(父)、マイケルオブケント(妃)、マイケル・ジョージ・デビッド・ウィンザー(息子)

皆さんはスタンリーキューブリック監督でトムクルーズ主演の映画『アイズワイドシャット』を観たでしょうか?

エリート・イルミナティの実態(性的な変態性)を描写した映画です。
ちなみに、この作品は何故かスタンリーキューブリック監督の遺作です。
参加者はドレスアップし仮面をつけ乱交パーティーを繰り返す、実に変態じみたシーンがあります。

貴族達は、彼らの先祖について非常に精通しているのです。
私のようなせいぜい3世代しか辿れない一般家庭ではなく、立派な家系図がありますからね。

ギリシャのパブロス王子はヘッセン・カッセル(1744-1836)のカール方伯の直系の子孫で、間違いなくイルミナティのメンバーです。

同様に、ここに招かれたゲスト
ケント王子のマイケルと彼の子供、

アンドリュー王子、
リンリー子爵のデビッド・アルバートチャールズ・アームストロング・ジョーンズ、
そしてノルウェーの皇太子殿下

彼らすべては初期バイエルンのイルミナティ(バーバリアン・イルミナティ)のリストに記録されたメンバーの直系の子孫です。

■パブロス王子の系図
パウロス(ギリシャ語: Παύλος, ラテン文字転写: Pávlos, 1967年5月20日 - )は、ギリシャの元王太子スパルタ公

パブロス, ギリシャの王子, デンマーク王子 1967生まれ
[パブロス フォン シュレズウィッグ - ホルスタイン
-ソンデルベルグ - グルックスバーグ, ギリシャ王子]

アン女王-マリーオブギリシャ 1946生まれ
[アン・マリー・ダグマー・イングリッド・フォン・
 シュレズウィッグ、デンパーク妃]

フレデリック9世、デンマーク国王 (1899-1972)
[フレデリック9世フォン・シュレズウィッグ - ホルスタイン
- ソンデルベルグ - グルックスバーグ,デンマーク国王]

クリスチャン10世, デンマーク国王 (1870-1947)
[クリスチャン10世・フォン シュレズウィッグ - ホルスタイン
- ソンデルベルグ - グルックスバーグ,デンマーク国王]

フレデリック8世, デンマーク国王 (1843-1912)
[フレデリック8世・フォン・シュレズウィッグ - ホルスタイン
- ソンデルベルグ - グルックスバーグ,デンマーク国王]

クリスチャン9世、 デンマーク国王 (1818-1906)
[クリスチャン9世、フォン・シュレズウィッグ - ホルスタイン
- ソンデルベルグ - グルックスバーグ,デンマーク国王]

ルイズ・キャロライン、ヘッセンカッセル妃 (1789-1867)
[ルイズ・キャロライン・フォン・ヘッセンカッセル]


Karl-Hesse.jpg

■マイケルオブケント王子一家の系図

マイケルオブケント王子(1942)
[マイケル・ジョージ・チャールズ・フランクリン・ウィンザー
・プリンスオブケント]

ジョージ王子・ケント男爵(1902-1942)
[ジョージ・エドワード・アレキサンダー・エドモンド・ウィンザー
ケント男爵1世]

キング・ジョージ5世(1865-1936)
[キング・ジョージ5世・ウィンザー・大英帝国国王]

エドワード国王7世(1819-1861)
[エドワード国王7世・ザクセン-コーブルク-ゴータ、大英帝国国王

アルバート王子・ザクセン-コーブルク-ゴータ(1800-1831)
[アルバート・プリンス・フォン・ザクセン-コーブルク-ゴータ
ルイス・ポーリーン・シャルロット・フレデリック・アウグスト
・プリンセス・フォン・ザクセン-ゴータ・アルテンブルグ]

エミリ、ザクセン-コーブルク-ゴータ男爵(1772-1822)
[エミリ・レオポルド・アウグスト・ヘルゾッグ・フォン・ザクセン
-ゴータ - アルテンブルク]

ザクセン・ゴータのデューク・エルンスト2世とヘッセン-カッセルのカールは、バイエルンの啓蒙主義者において、ただのメンバーでありませんでした。

自分自身王族である上に、彼らはそれぞれゴータ/アッパー-ザクセンと北ドイツ/デンマークのイルミナティの重要な高級幹部でした。

エルンスト2世(そして、後の彼の相続人)は彼の人生の大半をイルミナティ-創設者アダム・ワイスハウプトの保護者として捧げました。

エルンスト2世は、イルミナティの後継者になりました。

そして、ヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデ(彼については別の記事でまとめます)も重要な後継者になるのです。

カール・フォン・ヘッセン-カッセルは錬金術、神智学、占星学、超カルト科学に人生の大半を捧げました。加えて、バーバリアンイルミナティの摂政であり、フリーメイソンのグランドマスターでもあり、ストリクト・オブサーバンツ厳格戒律派、そしてアジアの同胞の指導者でもあったのです。

さらには、フランキズムへの加入により、下記のオカルトにもに関係します。

フランキスト-(ヤコブ・フランク(1726-91)にちなんで後に命名。)が加盟していたであろうアジアの同胞は、サバタイ(1626-76)ユダヤの異教の分派でした。

彼らはカバラや反律法主義に溺れて行きました。
堕落し、性的な儀式は映画「アイズワイドシャット」に描写されています。

それはともかく、ギリシャが財政危機に陥っているというのは、彼ら支配者にとって、たあいもない問題なのです。何故なら、彼ら貴族は今でも国境などは関係無く繋がっているのですから。

狙いがあるとすれば、それは国の所有物を世界の支配者の所有物にすること。
つまり、借金の形に国有物を民間(支配者)の物にすることなのです。


*********マスカレード**********

フィリピンにセブから更に船で行く、ホワイト・サンドで有名なボラカイという小島がある。
この島には未だに王さまが居ると言うのだが、ここの古くからの祭りが『マスカレード』である。
昔この島出身のスペイン系フィリピン人弁護士ともめ事になり、私設軍隊を送り込まれた事があるが、 彼もフィリピン国においては、特権階級に属し、マニラ市長の顧問弁護士などを歴任していた。

同様の祭りはメキシコ、スペインにも古くから伝わるが、その起源は言わずと知れた、ヴェネチアン・マスカレードだ。
メキシコではマスカレード(マスクをつける)した時から別の人間になるという考え方がある。
現世界の『マスカレード』の秘密に近づきつつあるブログ主様の探究は、現在の不条理を暴く人類の自己治癒機能が健在であると期待させてくれる。

ヘッセン家〜ゴータ家:
英国スチュワート朝の王「ジェームズ1世」の孫の「ゾフィー」がドイツハノーファー選帝公と結婚、 その息子「ゲオルグ」が英王ジェームズ1世のひ孫にあたることから、「ジョージ一世」として英国の「ハノーヴァー朝」を開いた。
その後、ヘッセン家の一派のザクセン・コーブルグ・ゴータ家を中心としたドイツ王族からの血流との結婚を繰り返し、 ヴィクトリア女王の息子のエドワード7世が王位に就いた際には、夫の出自「ザクセン・コーブルグ・ゴータ朝」となる。

しかし、ドイツの王朝の気配を消すため後に、「ウィンザー朝」と改名する。
フィリップ殿下の出自は、ヘッセン家の一派の「マウントバッテン家」である。

「アイゼンベルグEisenberg」は、アイゼン氏族=エッセン氏族=ヘッセン氏族「ヘッセンHessen」

ザクセン=コーブルク=ゴータ公国:
ザクセン=コーブルク=ゴータ家は、ドイツのヴェッティン家(エルネスティン家)の分家で、 ドイツ中部にあったザクセン=コーブルクおよびザクセン=ゴータの2つの領邦からなるザクセン=コーブルク=ゴータ公国の君主の家系である。
一族からは現在のベルギーの王家、イギリス・ヴィクトリア女王の夫アルバート(サクス=コバーグ=ゴータ朝の起源)、 ポルトガル女王マリア2世の夫フェルナンド2世、およびブルガリアの君主も出た。
家名を各国語で表記すると次の通りである。
ドイツ語:Sachsen-Coburg und Gotha
フランス語:Saxe-Cobourg et Gotha
ブルガリア語:Сакскобургготски
英語:Saxe-Coburg and Gotha (Saxe-Coburg-Gotha)
オランダ語:Saksen-Coburg en Gotha
ポルトガル語:Saxe-Coburgo-Gotha

ギリシア、デンマーク、英国、ドイツに関しては記事中に記載されておりますので、その他をご紹介します。

スウェーデン王家とのつながり:
元ザクセン=コーブルク=ゴータ公カール・エドゥアルトの長女ジビラは、1932年にスウェーデン国王グスタフ6世アドルフ(当時は王太子)と コノート公アーサーの長女マーガレット(カール・エドゥアルトの従姉に当たる)の長男であるグスタフ・アドルフと結婚した。
2人の長男(末子)カール16世グスタフは1973年、祖父グスタフ6世アドルフの後を継いでスウェーデン国王に即位した。
ザクセン=コーブルク=ゴータ公家からの血筋はこうしてベルナドッテ家にも受け継がれている。

ベルギー王家:サクス=コブール=ゴータ家
1. レオポルド1世 1831年 - 1865年
2. レオポルド2世 1865年 - 1909年
3. アルベール1世 1909年 - 1920年
ベルギー王家は第一次世界大戦後1920年に、サクス=コブール=ゴータを家名として用いないことを決めた。
新しい家名は、多言語国家ベルギーの事情によりベルジック(フランス語)、ベルヒエ(オランダ語)、ベルギエン(ドイツ語)の3様で表記。

ベルジック家、ベルヒエ家、ベルギエン家
1. アルベール1世 1920年 - 1934年
2. レオポルド3世 1934年 - 1951年
3. ボードゥアン1世 1951年 - 1993年
4. アルベール2世 1993年 -

ブルガリア王家:(サクスコブルクゴツキ家)
1. フェルディナンド1世 1887年 - 1908年(ブルガリア公)、- 1918年(ブルガリア王)
2. ボリス3世 1918年 - 1943年
3. シメオン2世 1943年 - 1946年→同共和国首相(2001年 - 2005年)シメオン・サクスコブルクゴツキ

ポルトガル王家:(ブラガンサ=コブルゴ家)
1. フェルナンド2世 1836年 - 1885年 (マリア2世王配・共治国王、ペドロ5世摂政)
2. ペドロ5世 1853年 - 1861年
3. ルイス1世 1861年 - 1889年
4. カルルシュ1世 1889年 - 1908年
バツ1 ルイス・フィリペ (1908年)
5. マヌエル2世 1908年 - 1910年

※ドイツ系の家名から、様々な名に移行されては居ても、『全てはエッサイの根から出た。』という、現代のマスカレード。
(名無し先生の言葉)
posted by r at 09:37| Comment(0) | ヘッセン