2019年07月04日

奥の院

ついに教えていただきました奥の院●●●●。今回は洪門について】
2014/12/1011:46 9 0

読者の方のご質問で、洪門について教えて欲しいというものがありました。

名無し先生に奥の院●●●●の存在を教えていただきました。
●●●●については、頭文字や伏字でも出してはいけません。
なので、奥の院については全く書けません。

洪門について書こうとすると、客家の歴史を遡ることになります。

洪門とは、”中国明朝末期清朝初期に興った秘密結社、“反清復明”(清を倒し明を復活させる)を主旨とする。洪門とは全ての山堂及び反清組織を纏めた総称である。”

※洪門(孫文も仲間)明、新羅、漢民族(+客家) × 女満族(満州族)清、ヌルハチ、済州島、百済

洪門は客家が作った組織です。

フィリピンを始め、客家がアジア全域の経済を支配しているのには、この洪門が大きく関わっています。

(Wikipediaより)
清の時代も晩期になると、「洪門」の山堂は江南地方を中心に中国全体に広まり、一部が東南アジア、ヨーロッパ、アメリカ大陸まで進出し、その会員は百万単位であったという。清に対する武装闘争を堅持してきた洪門は太平天国、辛亥革命における重要な同盟軍となり、辛亥革命を起こした孫文なども洪門に加入していた。

また、中国共産党創始者の一人李大サも、“天地会はマルクス自身が創建し指導する第一インターナショナルと組織的な繋がりを持つ中国唯一の革命団体である”と《中山主義的國民革命與世界革命》の中で述べている。
(以上)

※洪門(孫文も仲間)明、新羅、漢民族(+客家) × 女満族(満州族)清、ヌルハチ、済州島、百済

清を倒し明を復活させることを目的とした革命組

17世紀初頭に明の支配下で、満洲に住む女直(以下「女真族」)の統一を進めたヌルハチ(努爾哈赤、太祖)が、1616年に明から独立して建国した後金国が清の前身である。この後金国の建国と前後して、ヌルハチは満洲文字(無圏点文字)を制定し、八旗制を創始する等、満洲人が発展する為の基礎を築いていた。1619年、ヌルハチがサルフの戦いで明軍を破ると、後金国の勢力圏は遼河の東方全域に及ぶに至った。その子のホンタイジ(皇太極、太宗)は山海関以北の明の領土と南モンゴルを征服し、1636年に女真族、モンゴル人、漢人の代表が瀋陽に集まり大会議を開き、そこで元の末裔であるモンゴルのリンダン・ハーンの遺子から元の玉璽(後に作られた偽物である可能性が高いが)を譲られ、大清皇帝として即位するとともに、女真の民族名を満洲に改めた。

女真族は百済の血筋として済州島に流され、熊野大社につながります。

これと敵対していたのが新羅につながる漢民族で、この漢民族に後から合流したのが客家人。

客家人がどこから渡来してきたかというと、ペリシテ人というパレスチナを拠点にしていたラクダのキャラバンで交易を行っていた民族です。

祇園祭の山車に掛けられている絵のイメージでしょうか。

洪門はこの客家人(漢民族=明として)が中心となり対立する満州民族=清を転覆させることを目的に結成されました。

客家人はまた商才に優れ、アジアのユダヤ人と比喩されるわけです。

世の中のユダヤ人に対するイメージは決して良いものではありません。

ユダヤ人が世界の金融を支配していると言われていますが、それは妄想であり、実際はペリシテ人がシルクロードを使い利息稼ぎでない投資的金貸しを率先して行っていました。これが客家のルーツです。

このブログでは、客家を悪者として扱うことが多いのですが、現在の世界経済を築いたことも事実です。元々は金利を取らないイスラム金融です

ペリシテ人が紀元前から世界を移動しながら各地に文化をもたらし、それが日本にも来た。

浅草寺を作ったのもペリシテ人。

このペリシテ人=客家人は現在に至る、大きなネットワークを築き上げたのです。

日本に渡来した@漢民族・新羅(ペリシテ人=客家人)、A女真族(満州族)・百済、Bそれより遥か前に渡来していた派閥(縄文人)の三者が連合し、サントリーという社名の由来である三柱鳥居を象徴として、3者で日本を治めることにしました。

この【ペリシテ人=客家人=日本の宗教】として揺るぎない位置に鎮座している存在【緑龍会】は、ヒトラーを洗脳するためにハウスホッファーを使いました。
そして、和歌山県那智勝浦町にある那智(ナチ)の滝がナチスにつながります。

第一次、第二次世界大戦を引き起こしたのは誰だったのか?
もちろん、ヨーロッパだけで火種を蒔いたわけではありません。
20世紀初頭の共産革命は客家(=まさにコミュニスト)が主導したと言っても過言ではありません。
つまり、ヘッセン陣営がロシアで起こした革命の中に、コミンテルン、洪門が連携していたということ。

ドイツによる占領と租借
中国には青島ビールというのがありますが、これは三国同盟を成立させたドイツが恩返しとして、宣教師を殺害されたことを理由に青島を占領後に、翌年には青島を租借しビール工場を建設したのが始まりです。

膠州湾租借地(こうしゅうわんそしゃくち)はドイツ帝国が中国北部の山東半島南海岸に所有していた租借地。膠州(現在の青島市の一部)の東南にハート型に食い込んだ膠州湾の水面全域と、湾の入り口の両側の半島が領域であった。

※1897年11月1日、山東省西部の巨野県(きょやけん、現在の菏沢市)でドイツ人宣教師二人が殺される事件が起こった。この「鉅野事件」 ( Juye incident )は、ドイツのヴィルヘルム2世皇帝に、「ドイツ人宣教師の保護」という侵略の口実を与えた。

当時の中国は、ドイツ、ロシア、イギリス、フランスといった列強に加え、日清戦争で勝った日本に各拠点を作られていました。

時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は、第一次大戦の元凶とされていますが、これはフリーメイソンやユダヤ人をヴィルヘルム2世が激しく嫌った為だろうと考えられます。ヴィルヘルム2世は、第一次大戦は、フリーメイソンやユダヤ人が導き引き起こしたものと理解していたのだと思います。

同じくロシアのニコライも同じように操られ帝国崩壊しました。
イギリスは第一次大戦後、満身創痍。
しかし、その黒幕はヘッセンでした。

客家人という存在が、いかに大きな存在であるかは、以前の記事でお分かりになるかと思います。
その中に、洪門があり、日本のカラス(客家=ペリシテ人)があり、欧州、米国にも影響を及ぼしています。
そして、明治天皇すり替えの件もそうです。

日本国、日本人は、こういった大きな勢力に管理されており、彼らにとっては国境というものは無いのです。

カラスの正体が客家=ペリシテ人
カラスは若いうちにイエズス会に留学します。
そしてイエズス会の黒幕はヘッセンです。

コメント

O’BRIEN様へ
O’BRIEN様

返信ありがとうございます。善意のある対応に感謝致します。

我々洪門(ほんめん)は国境を持たない国家として確かに裏世界に存在しております。貴殿のおっしゃる通り日本人はほとんど我々を知りません。そして、貴殿のブログは勉強になるところが多々あります。
以後お見知り置きを。

代表小林 深拝
2014/12/19(15:19) 日本國分社 URL 編集

No title
日本國分社代表さま
コメントありがとうございます。
一般の者が洪門を理解するにはWikipediaの記事で十分だという認識です。

失礼があったことお詫びいたします。

ただ、客家の方々がシンガポール、香港、フィリピンのみならず、日本経済にも多大な影響を与えているということは、日本人には知られていないことです。

これを証明したかったというのが、今回の記事の趣旨です。

イエズス会と八咫烏の繋がりも全く知り得ない情報ですから、当ブログの記事は、Wikipedia以外のどのサイトも参照しない情報に元ずいております。

Wikipediaが全て正しいとは思っていませんが、客観性は一番高いという判断です。
コメントの内容ですが、貴重な情報を書いていただき参考になります。
長文は読み応えがありますので、全然失礼ではありませんよ。
今後もコメントいただきたく、お願いいたします。
2014/12/19(14:52) O'BRIEN URL 編集


洪門について

前回のコメントは少々高圧でした。
知り合えもせず失礼しました。

洪門(ほんめん)に5つの大組織があります。その中でトップに君臨する青蓮堂の者です。wikiの洪門に関する書込みを大分信頼しているようですが、我々の公開ブログの文言を盛り込んだ箇所が沢山ある。一時はwikiに書込みもしましたが、いろんな方が文章を編集できると知り辞めてしまいました。
たしかに貴ブログの分析に合っている所もあります。

客家は流浪の民であります。そしてそれは華僑や華人と言われる移民の中に大勢いることは確かです。だが、その由来はどうであれ今の洪門(ほんめん)は提唱する世界大同を掲げ、国境を持たない観点で共存、共栄、共享、人類平等など、地球の真の和平を目指しております。

我々に対する論評には良くない見聞もあります。それはもとは革命集団。ときの権力者清朝からの漢民族へ奪還する時代は反政府勢力であったことは事実です。その中において、ときの権力者の書物もおのずといかがわしい連中として記録され、それはあたかも残虐なマフィア連中として今も残っています。これらをさらに編纂し、実史を知らず面白おかしく書き足され、いつしか無頼者の集団と認識されていきました。

我々は、異姓結拝の義兄弟気質の組織であります。その心の繋ぎは「忠義千秋」
。簡単に申しますと日本国にあった「武士道の精神」とほぼ一緒と考えて構いません。過去、孫文先生と日本の頭山先生が良き友人であったことは今は忘れ去られているようです。

そんな我々には厳しいルールが存在しこれを「家法」といいます。
「二十一則」「十戒」「十禁」「三十六誓」がそれに当たりこれを知れば無頼者であるかないかおのずと判断出来る訳でしょう。これは340年変わらぬ続いている鉄掟であります。だが、組織のごくごく一部が悪に陥ったことは否めません。力という権利を得ると人は変わる時があります。更生しなければなりません。

そしていま。日本は隣国の大陸と仲良く出来ずにいます。華僑や華人はもとは国の圧政から逃れ新天地を求めて海外に出た者ばかり。もちろん故郷には残された親族もいます。その中で政治的発言は控えたいと思います。御察し願いたい。とはいえ、中共とは敵対することは考えていません。

それは、世界のどの宗教、どの政党、どの会派、どの政党、どの結社、そしてどの国とも共享、共存共栄、人類平等、地球和平な信条のもと接しており、対立することは望んでいない。しかし、これを害するものとは和平の道を模索しても良い終着がない場合は交流をお断りしています。

いち地球人としてなにに貢献できるかを相互に求めて、真のコスモポリタンと良きワンワールド(世界大同)を築いて参りたいですね。啓蒙活動やボランティア活動などを通し、日本をそしてアジアを元気にしたいと共感する人々の輪(和)を我々は集めたいと考えています。

長々と失礼した。
2014/12/19(13:57) 日本國分社 URL 編集

洪門天地会長房青蓮堂
失礼。
せっかく本家が日本に居ながら語るのに聞かないのか。
2014/12/14(21:45) 日本分社 代表 URL 編集

伏見博明が最高権力者の一人です。
大日本皇道立教会=創価学会
中山忠英(父親は中山忠伊卿)が初代会長に就任し、大隈重信、一木喜徳郎、牧口常三郎、戸田城聖、数名の華族により構成されている。後には児玉誉士夫も加入。
後に、大日本皇道立教会を母体として、創価教育学会が創立された。
大日本皇道立教会 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%9A%87%E9%81%93%E7%AB%8B%E6%95%99%E4%BC%9A
>南朝を正統とし
あれ?
伏見博明 ⇒ 国際宗教連盟 ⇒ 中井天山 ⇒ 大日本皇道立教会 ⇒ 南朝派 ⇒ 小野寺直伏見博明 ⇒ 小野寺直

ベンジャミン・フルフォードついては、カラスの傀儡ではなく 「ナザニエル・ロスチャイルド」のエージェントなのです。 ナザニエルは、ベンジャミンにガセ情報を与えてそうさせているわけです。
天皇とロスチャイルドは同じ組織です。
「橋下徹、小沢一郎、小泉純一郎、細川護熙、桝添要一」らは、ロスチャイルドや天皇の傀儡。

創価学会と小沢一郎
創価学会と桝添要一

小泉純一郎は天皇に寝返りました。
細川護熙も天皇派閥
小沢一郎も天皇派閥
桝添要一もロスチャイルド、天皇派閥
これ等の人物は 逮捕なります。
2014/12/11(12:54) 日本アノニマス URL 編集

日本奥の院 の 爺様達
日本奥の院 藤原御三家 と言いましょうか。裏天皇です。
前田ゴロウ扇も入ります。
前田ゴロウはロスチャイルドと日本人のハーフ

江戸倒幕の真犯人知っています。
田布施一味の件ですが、これがでっち上げられた捏造でして。ねぇ?名無し先生。
田布施一味が八咫鴉だと言って頂かないと。
江戸倒幕の真犯人が八咫鴉なんですよ。
元々八咫鴉は、光と闇の両方を持っています。
シリウスAが光、シリウスBが闇ですので、八咫鴉イエズス会に留学をする…此処は合っています。
シリウスAの八咫鴉は、闇の知識を習いに行くわけです。闇を知ってしまった八咫鴉=シリウスAは闇に走ります。これが世間で言う“カバール”と言う組織です。

此処に書きますが、人間が悪さをしているわけではないのです。人間に憑依した悪魔が、人間の意識や身体を支配して動かしているわけです。
天皇崇拝=創価学会や大本営
天皇は悪魔崇拝。
既に私は、天皇の闇を世間に流しました。止めることは出来ません。天皇を支えているのも創価学会。
創価学会を殲滅するために準備もしています。
2014/12/11(02:20) 編集

No title
欧州王家となった南朝皇統 (落合秘史)
http://www.amazon.co.jp/dp/4880863211/ref=as_sl_pc_tf_lc?tag=msumino
-22&camp=243&creative=1615&linkCode=as1&creativeASIN=4880863211&adid=0MES55CC5PB0GY9FBJ42&&ref-refURL=http%3A%2F%2Fwww.kishu-bunka.org%2F

33・34頁
動乱に乗じて欧州に潜入した南朝勢力
十四世紀の後半、(略)欧州貴族に成りすまし、
その棟梁の大塔宮王子・王孫は諸侯の縁戚となり、正式に所領を獲得して諸侯となります。
その名をあえて記せば現在のオランダ王家、オラニエ・ナッサウ家ですが、
人種の坩堝だった当時の欧州人は日本を認識しておらず、彼らを日系人と気づく人がいたとは思えません。
入欧南朝勢の活動範囲は欧州ばかりではなく、ノルマン人に混じった先鋒は、コロンブスより前に大西洋を超えてカリブ海西インド諸島のドミニカ島に到達したと聞きます。
欧州人がいう「大航海時代」一四一五年に始まりますから、海外進出は日本の方が半世紀も早かったのです。

小栗忠順の暗殺は偽装でアメリカのフィラデルフィアに亡命して三井物産をつくり、FRBまで作ったとか
2014/12/11(00:55) 1983埼玉 URL 編集
posted by r at 11:20| Comment(0) | カラス