2019年07月11日

ヒトラーを洗脳しナチス結成に繋げた”緑の始祖鳥” C ネオナチ煽動計画包玉剛

ヒトラーを洗脳しナチス結成に繋げた”緑の始祖鳥”Cネオナチ煽動計画】

2013/07/10 12:08

今回は、前回の記事の補足です。
今回の記事はWikipediaの情報中心で書きます。

さて、香港ですが、1842年の南京条約(第1次アヘン戦争の講和条約)によって清朝からイギリスに割譲されました。

さらに、1860年の北京条約(第2次アヘン戦争(アロー号戦争)の講和条約)によって、九龍半島の南端が割譲されました。

1970年代、香港政庁は住宅供給のため、租借地であり厳密には中国領である新界にも開発の手を伸ばしたが、1970年代後半になって香港の不動産業者が、1997年の租借期限以後の土地権利について不安を訴えるようになりました。

公有地の放出を重要な収入源としていた香港政庁は、不動産取引の停滞を防ぐ観点から、新界の統治権を確定する必要があると考えるに至りました。

香港はサスーンロスチャイルドに支配されていました。

サスーン家とは

■ダーウィード・ベン・サスーン
デイヴィッド・サスーン(英: David Sassoon、1792年10月 - 1864年11月7日)は、インドを拠点に活動したユダヤ人の商人。バグダード出身。

スペインに起源を持つセファルディムの出身で、父サレハ(Sason Ben Saleh)はバグダードのパシャの主任会計を勤め、同市のユダヤ人コミュニティーを率いる資産家だった。その後ダウード・パシャによるユダヤ人迫害を逃れてペルシャを経て一家でボンベイに移住し、1832年にサスーン商会を設立、イギリスの東洋貿易に多大な貢献をした。特に阿片戦争のきっかけとなった当時のアヘン貿易において重要な位置を占めていた。その後は香港、上海にも営業所を構える。さらに、南北戦争によりアメリカ産綿花の輸出が途絶えたのを機にインド産綿花の輸出も成功させた。これらの功績が認められて1853年にイギリス国籍を取得。

また、デイヴィッドはボンベイのユダヤ人コミュニティーを率いると共に、同地やプーナ、故郷のバグダッドなどに病院やシナゴーグ、学校を建設するなどの慈善活動も積極的に行った。1864年にプーナにて死去した。

デイヴィッド自身は生涯英語を話せず、バグダード時代からのアラブ風の生活様式で生涯を過ごしたが、息子のアブドゥッラーにはイギリス人としての教育を施した。後にアブドゥッラーはアルバートと改名し、イギリスに渡って準男爵となった。彼の子孫が現在のサスーン家である。

■その息子のアルバート

アルバート・アブドゥッラー・サスーン (Albert Abdullah David Sassoon) (1818年 - 1893年) - ダーウィードの息子。慈善事業家・商人。彼の代でケンジントン・ゴア準男爵の爵位を得た。インドの星勲章 (Order of the Star of India) およびバス勲章を授与されている。

■その息子のエドワード

エドワード・サスーン (Edward Sassoon) (1856年 - 1912年) - アルバートの息子。政治家。庶民院議員。ケンジントン・ゴア準男爵。ロスチャイルド家の女性Aline Caroline de Rothschildと結婚した。


※ここでロスチャイルド家とサスーン家が婚姻関係で結びつくわけです。

彼らの出先機関がジャーディン・マセソンという会社

ジャーディン・マセソンとは?

前身は東インド会社で、元は貿易商社。1832年、スコットランド出身のイギリス東インド会社元船医で貿易商人のウィリアム・ジャーディンとジェームス・マセソンにより、中国の広州(沙面島)に設立された。中国語名は「怡和洋行」。当時、広州は広東システム体制下、ヨーロッパ商人に唯一開かれた貿易港であった。ウィリアム・ジャーディンとジェームス・マセソンは陳舜臣の小説『阿片戦争』では重要なキャラクターとして登場している。

設立当初の主な業務は、アヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出。同じロスチャイルド系の香港上海銀行(HSBC)は、ジャーディン・マセソンなどが香港で稼いだ資金をイギリス本国に送金するために設立された銀行である。

清とイギリスとの間で1840年から2年間にわたって行われたアヘン戦争に深く関わっている。アヘンの輸入を規制しようとする清朝政府とイギリスの争いが起こった際に、当時のアヘン商人の一つであるジャーディン・マセソン商会のロビー活動により、イギリス本国の国会は9票という僅差で軍の派遣を決定した。

アヘン戦争の舞台裏

ロスチャイルドがサスーンに香港を支配させていた訳です。
これが香港返還により、包玉剛の手に移ったというのです。
その理由は、ロスチャイルドの麻薬取引が表面化して来たこと。

まるで、マフィアとの繋がりがバレそうになった912の前日の911にWTCごと解体してしまったように。
ロスチャイルドを使ってやってきた悪事がバレそうになったので、次の支配者を据えたのです。
それが包玉剛です。

包玉剛とは


包玉剛(ほう・ぎょくこう、パオ・ユーコン、Sir Yue-Kong Pao、1918年 - 1991年9月23日)は中国・浙江省寧波生まれで香港を拠点に活動した実業家。ワールドワイドシッピング創業者。父は包兆龍。「アジアの海運王」と言われた。香港特別行政区基本法起草委員会の副会長(副主任)を務めた。
生涯[編集]

1918年浙江省寧波に中流家庭の三番目の子として生まれる。1931年に漢口に引っ越す。1937年に上海に移動。中国中央信託局に勤務する。1945年には上海市銀行営業部長及び副総経理に就任したが、その後1948年に香港に移住。 1955年に海運業ワールドワイドシッピングを開業。香港銀行からの支援もあり、徐々に所有船舶を増やす。1971年には香港銀行の取締役となり、その後副頭取となる。1975年には香港大学より名誉博士号を授与された。1977年には1377万トンを超える船舶を保有し、「アジアの海運王」と呼ばれるようになった。1978年にはイギリスからナイト称号を受勲、日本の勲三等瑞宝章受勲、函館、大阪、佐世保の名誉市民の称号を受ける。1970年より徐々にもともとジャーディン・マセソンの影響下にあった九龍倉集団(The Hongkong and Kowloon Wharf and Godown Company, Limited、香港九龍碼頭及貨倉有限公司)の株式を買収し始め、1980年には傘下におさめる。

彼には4人の娘がおり、長女包陪慶(アンナ・パオ)の夫は彼の海運業を継いだヘルムート・ゾーメン(蘇海文)、次女包陪麗(シシー・パオ)の夫はコーンズ社長の渡伸一郎、三女包陪容(ベッシー・パオ)の夫はウィーロック、ワーフ会長の呉光正(ピーター・ウー)、四女包陪慧の夫は鄭維健(エドガー・チェン)。

上記に「1978年にはイギリスからナイト称号を受勲」とあるように、彼はイギリス国籍を取得していました。

この包玉剛が、イギリスが香港を中国に返還して以降、実権を握ったということ。
彼は客家人です。

ロスチャイルドから包玉剛への政権交代。
もちろん、裏でそう仕向けた人間がいます。
それがマウントバッテン。
つまり、ヘッセン家の支流でイギリス王家の主流であるマウントバッテン。

ですので、ロスチャイルドから包玉剛に覇権が移っても、裏にはヘッセン陣営がいるのです。
この流れの中で、サスーンは香港利権を奪われ本拠地を米国バミューダに移します。
これもヘッセンの描いた筋書きです。

米国における現在のユダヤ国際金融資本の強力な支配は、香港から本拠地を移したことにより加速し、世界を一気に反ユダヤの方向に仕向けます。

インターネットを一般的に公開し、ロスチャイルド、ロックフェラー叩きに向かわせます。
ネットでは、ロスチャイルド、ロックフェラーはインターネットを公開したことを後悔しているのではないか?
自分たちの悪事がバレバレになっちゃったじゃないか・・・などと言われていますが、
これは大きな陰謀で、意図的に非難の矛先をロスチャイルド、ロックフェラーに向かわせているのです。
国際情勢専門家がロックフェラーを非難したり、ロスチャイルドを悪く言うのは、ある一つの目的があるからです。

アンチ・ユダヤ・・・なんか聞き覚え有りますよね?
そうです。ヒトラーです。
ヒトラーがユダヤ人を迫害した結果できたのがイスラエルです。
ヒトラーの役回りは、ユダヤ人を迫害し、世界がユダヤ人の権利を認めるようにすることだったのです。
それは、約束の地、イスラエルを建国する権利でした。
それと同じ手法で、再びユダヤ人いじめが煽動されています。
そして、どこかの、古くからユダヤ人に支配されている国、極東の島国で、それが発信されています。
しかもその国の中心から。
煽動されてはいけませんよ。

そして、イランとイスラエルの戦争を煽り、やがてイスラエル消滅のシナリオ。
イスラエル消滅は田中宇がずっと言っていることです。
その後、かわいそうなユダヤ人は、どこに建国するつもりなのでしょうかね?
posted by r at 16:13| Comment(0) | カラス